2010年10月31日

★明日こそジンジャーティー【4】


 池永、将棋、二つの言葉が、先日のギターメンズの言葉を思い出させる。どうやら彼が時計屋の息子の池永さんで、ゴダンでプロキシでショーギスキなのだ。
「どうしたの。あんなにやる気だったのに」
「私……もうすぐ二十二歳になります」
 二人の会話にくぎ付けになってしまう。私は食器を洗うふりをしながら、聴覚に力を入れる。
「そっか。早いね」
「友達は就職決まったり、結婚する子もいて……不安なんです」
「不安?」
「このまま大学出て……棋士になれなかったら……」
 どうやら進路相談のようだ。私にも同じ経験があるから、気持ちはわかる。あと、キシになりたいらしい。ひょっとしてプロキシというのはプロのキシということだろうか。
「それであきらめるようなことなの?」
「え」
「いや……なんていうかさ、あきらめられることなら、あきらめた方がいいよ。棋士になったって、常に悩む事ばかりだよ。どうしてもなりたいんじゃなきゃ、無理に続けなって言う理由はないかな」
「……」
 見かけはふわふわした感じなのに、彼の言葉はとても厳しかった。彼女の方はうつむいてしまい、次の言葉が出てこない。
「江草さんは頑張ればプロになれると思うよ。でも、その後のことは分からない。結局は将棋が好きかどうか、じゃないかな」
 紅茶もコーヒーも、冷めていくばかりだった。なんとなくわかった。池永さんは将棋を仕事にしていて、江草さんは仕事にしようとしている。しかしなりたいからなれる、というようなものではないのだろう。少なくとも求人誌に将棋をするお仕事が載ってるのは見たことがない。
 今まで名前も知らなかった人の、色々な面を一度に覗きこんでしまった。どうやら私は、どうせならもっと知りたい、と思い始めている。【4】
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2010年10月24日

「花子章」・「ギブアップは語らない日」

 パブーにて「花子章」と「ギブアップは語らない日」という小説を発表しています。→こちら

 「花子章」は和風の妖精譚。
 「ギブアップ語らない日」は自分の好きな格闘技・倫理学・SFの要素を入れてみました。

 よろしければご覧くださいませ。
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2010年10月21日

『五割一分』裏話

 要望がありましたので、先日公開した小説『五割一分』の裏話などを少し書いてみようかと思います。作品はこちらから読めますのでよろしくお願いします。→『五割一分』他

<登場人物>

三東幸典
 「天才の中の凡才」というのが、書きたいテーマでした。確実に才能があるんだけど、上には上がいる。そういう場面で挫折しそうになった人の悲しみ。それを乗り越えていく主人公を書こうと思いました。
 最初に、あだ名を付けたいと思いました。以前阪神にいた三東という投手が好きだったので、この名字を思いつきました。

金本月子
 「純粋な天才の成長」を対比させることで、主人公が救われていく過程が書きたかったのですが……某賞でのコメントで「天然なのかどうか分からない」と言われてしまいました。さて、どうなんでしょう。
 名前は「アマチュア」→「アマの」→「天野」ということでアーティストの天野月子さんから「月子」を借りることにしました。そしていかにも強そうな名字、と考えて、阪神や新日本プロレスのお方から「金本」を思いつきました。
 なぜかコーラが大好きになり、ジャンクフードばかり食べているという裏設定ができました。

辻村
 主人公と対比させる若くて上昇志向の天才、というのが必要だと思いました。どこか人間らしくて、それでいて将棋に没頭する姿を書きたかったのです。
 名前は完全に適当です。他の人も含めて、プロ棋士に実在しない名前を、とは思って付けました。

朱里
 主人公のこれまでの人生を象徴する人として、恋人の存在は重要だと思いました。決して誰にも嫌われないけれど、誰かを引っ張っていくことができない。そんな主人公を支え続け、しかし断念してしまうごく普通の女性です。
 なんでこの名前にしたのか忘れてしまいましたが、「新日本プロレス」あたりから遠回りして連想したのかも。

<設定>

ロフト付きの家
 この物語を書くことになったきっかけです。昨年引っ越しをする時、色々見て回る中で気に行ったのがロフト付きの部屋でした。ロフト部分も広く、コンセントもあり「ここで暮らせるやん」と思ったのです。しかし……なんと冷蔵庫を置くスペースが狭かったのです! ロフト広いのに……
 そのアパートは今住んでいるところの駐車場を挟んで向かいにあり、夜ロフトの窓に電気が灯っているのを見るとちょっと悔しいのです。

五割一分
 実は、以前書いた別の短編のタイトルです。好評だったので流用しました。
 プロ棋士にとって、「勝ち越す」というのは重要であると同時に、大変なことだと思います。若手棋士の多くは勝ち越すので、勝ち越せない若手の苦労は大きいだろうな……と思ったことがこの作品のストーリーを生み出しました。一番を目指さない天才の物語は、今後も僕の作品におけるテーマにしていきます。

腕時計
 少ししか出てきませんが、腕時計は僕にとって思い入れのあるツールです。自分では中学生の時父から貰ったものを使い続けていて、もう何度もバンドを変えました。将棋の世界でも「時間」は大事ですし、もしこの話の続きを書くとしたら、腕時計は大きな役割を果たすと思います。

福島駅
 大阪・福島には将棋会館があります。道場や大会で将棋を指すために何回か訪れたことがありますが、独特の雰囲気がある駅前だと思いました。すぐそこが梅田なのですが、たまにそれを忘れさせる、どこかせつなさを感じるようなそんな場所。東京の棋士が大阪に遠征するとき、福島駅から出てくる時何を考えるんだろう……などと想像したことも作品に盛り込みたいと思いました。

 また何か質問があれば書き足したいと思います。
posted by らくは at 00:47| Comment(2) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする