2011年03月11日

★『明日こそジンジャーティー』あとがきみたいなこと

 本当になんとか完結させることができました。いつも途中で飽きてしまって、連載を完結したことがなかったのです。

 「将棋、何段なの」「三段くらいかな」「プロになれるんじゃないの」「え、全然無理です」「羽生さんとやったらどうなるの?」「え、いやいや……」

 よくある会話です。
 将棋を知らない人に魅力を伝えるにはどうしたらいいのか。これは結構な課題です。そこで今回は、「将棋ファンが誕生する瞬間」をテーマに作品を作ってみようと思いました。

 短い割に登場人物満載でごちゃごちゃしてしまいましたが、雰囲気を楽しんでもらえればと思います。……と言い訳(笑)

 完成作はパプーでも発表しています。少しだけ手を加えました。よろしければご覧ください。

 『明日こそジンジャーティー』(in パブー)

 次作は……完全に未定です。思いついたらまた何か書き始めるかもしれません。
posted by らくは at 08:27| Comment(0) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

★明日こそジンジャーティー 【12】


「よしっ」
 思わず叫んでしまった。アゴヒゲ山本が、自慢のあごひげを引っ張りながら苦笑している。
 苦節三週間、ようやく将棋で勝つことができたのだ。二枚落ちだけど。
「いやあ、笹子ちゃん強くなったね」
 ロレックス進藤に褒められる。悪い気はしない。伊達眼鏡斉藤も満足そうに小さく頷きながらモスコミュールを飲んでいる。
「しかしお前が将棋にはまるとはなあ」
 父はいまだに信じられないらしく「まさか」を繰り返す。確かに子供の頃からそういうものには全く触れてこなかったし、自分でも驚いているのだ。
「まあ、目標は優勝だし!」
「え」
「えっ」
「はあ?」
 三人の声と、伊達眼鏡の視線が私の方に集中した。言葉が足りなかった。
「E級のね」
「びっくりしたあ。それなら頑張ればなんとかなるよ」
 そう、何とかなる。今の私の目標は、実はもう一つある。
 おいしいコーヒーを淹れること。
 あの日以来池永さんは再び毎日来るようになり、相変わらずコーヒーばかり頼む。もう、無理に紅茶を飲んでもらうのはあれきりでいいと思った。よりいいコーヒーを提供するのが、婚約へのお祝い。
「よし、今度は飛車落ちでやってみようか」
「え、それはちょっときつい……」
「大丈夫、おじさん酔ってるから」
 すでにアゴヒゲ山本は駒を並べ始めている。将棋好きは負けず嫌いでもあるらしい。その点は私に向いていると言える。
「じゃあ、お願いします」
 私は、決戦に備えてカップのコーヒーに口を付けた。今のところ、相変わらずまずいコーヒーを、心地よく飲み干した。【12】

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posted by らくは at 21:43| Comment(0) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明日こそジンジャーティー【11】

「あ、じゃあここに」
 私は席を立ち、池永さんに着席を促した。そして職務に戻る。
「すみません。寝坊してしまって……」
 本当に申し訳なさそうに、そして少しは気まずそうに頭を下げる池永さん。席に座る直前、美沙さんと視線がぶつかった。ほんの、数瞬。けれども、不自然な停止時間。今まで見たことのない、襟のピシッとした服。無精ひげも全く見られないし、髪型もかなり決まっているし、爪まできれいに切られている。寝坊なんかしてないでしょう。
「何か飲みますか」
 私は池永さんにメニューを差し出す。何気なく受け取ってから、目を丸くする。そして、私のことを見上げる。
「えーと」
「どちらが良いですか」
 池永さんはメニューに視線を戻し、しばらく唸っていた。それもそのはず、今日のために特別に用意したメニューなのだ。そこには、コーヒーとジンジャーティーしか書かれていない。ここまですれば私の意図は伝わるだろうと思ったが、彼はそれでも「コ」と発音するために口を開いた。私は思わず睨みつけた。
「……カッ……ジンジャーティーで」
 何とか口の形を修正して、ようやくこのかたくなな男は私に紅茶を頼むに至った。
 数分後、テーブルに運ばれるジンジャーティー。ちなみにその間、会話はなかった。
「まだ熱いですから気を付けてくださいね」
「あ、はい」
 怪しげなものに恐る恐る見る目で、池永さんはティーポットを見ている。ひょっとして……注ぎ方を知らない? 声をかけようかと思ったその時、美沙さんがポットを手にして、さっとカップに紅茶を注いで池永さんに差し出した。
「いい香りしますよ」
「ありがとう」
 池永さんはカップを持ち上げ、鼻を近づけた。
「あっ」
「どうですか」
「不思議な香りですね」
 口を付けて、ジンジャーティーをついに飲む彼。そして、こう言った。
「紅茶もおいしいですね」
 思わず私はガッツポーズをしそうになった。それを抑えて、にっこりとほほ笑む。
「あの……」
 そして、美沙さんが口を開いた。ただならぬ空気が流れて、ショウレイカイーンたちも将棋を中断して彼女に注目した。
「どうしたの?」
 聞きはするものの、池永さんも何か覚悟したような顔をしている。明乃さんも、小さく頷きながら妹のことを見守っている。
「私……研修会やめます」
「そっか」
 おそらく、ずっと前から結論は出ていたのだろう。本人が言い出すのを、周囲はずっと待っていたのだ。
「将棋は好きだけど……他のこと、頑張ります」
「師匠には」
「まだ……今度言います」
「うん。全部、江草さんが決めることだからね。やりたいことはあるの」
「まだ……正直、やめること以外考える余裕がなくて」
「そっか。……じゃあさ、結婚する?」
 思わず持っていたレモンを落としてしまった。ショウレイカイーン二人もあっけにとられている。明乃さんは大きくうなずいていた。そして、美沙さんは。
「……はい」
 私が理想からすると、20点ぐらいのプロポーズだった。だが何となく、気付いてはいた。将棋のプロというのは一般的な常識から離れたところにいて、そんなところで幸せを模索している人なのだと。
 その後、なぜか何事もなかったかのように研究会は続いた。私は美沙さんと将棋を指していた。そして一時間もたったころ、池永さんは言った。
「あの……コーヒーを一杯」 【11】
posted by らくは at 01:26| Comment(0) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする