2012年02月15日

ザンスとの出会い

 人生を変える一冊、というのは雷撃に合うような感動をもたらすものばかりではない。あとから考えたらあああれだったな、という一冊がある。
 自分にとって「魔法の国ザンスシリーズ」の第一冊である『カメレオンの呪文』はそんな一冊だ。それ自体は「なるほどねー」という感じだった。しかしその後、ザンスの世界観に魅了されていくのである。

 ザンスはバリバリのファンタジーと言える。舞台は異世界、魔法も出てくれば、想像上の生物も出てくる。しかしそんな中、『カメレオンの呪文』の主人公ビンクは魔法が使えない。魔法の力が証明されないと、彼はザンスから出ていかねばならないのである。魔女狩りの逆のようなものである。
 妙な設定に楽しい言葉遊び、練り込まれたストーリーに個性的なキャラクター。『カメレオンの呪文』は完成された一作だ。そのような作品は他にもある。だが、ザンスシリーズはその後がすごかった。
 正直なところ、シリーズのその後数冊は「まあまあ」という感じだった。面白いものの、どこか実験作的なところがあり、「同じ舞台で何ができるのか」ということを作者が模索していた感がある。しかし第五作目の『人喰い鬼の探索』は名作だった。主人公は人喰い鬼である。もはや第一作の主人公も、王たちの系譜も関係ない。それでいてストーリーは面白く切なく、「ザンスを舞台にした作品」として完璧だった。さらに第六作『夢馬の使命』では主人公は夢馬――バクになる。誰がこの主人公を予測できたろうか。この作品もまた、ザンスという舞台を縦横無尽に使用していた。
 この辺りで気が付いたのは、『カメレオンの呪文』というのはただの第一作目ではなかったのだ……ということである。そこではザンスシリーズにおけるルールが決定されたうえに、その完成度の高さが後の作品に対する高いハードルになっていたのである。
 シリーズが続くうちに世界観が膨らみ、ストーリーが走り出す、というものもある。しかしザンスシリーズは、第一作目を母体としてその後数作が異なる方向性の元試作的に書かれたように思える。そして第七作、『王女とドラゴン』からは一作で完結しない連作のようになっている。おそらく誰が主人公でも書けるという手ごたえをつかんで、そこからはストーリーを読ませることにチャレンジしているのだろう。
 その後の作品が面白ければ面白いほど、第一作の完成度がわかる……それは新しい発見だった。
 あと、この作品は英語で読んだ方が楽しいはずである。言葉遊びの部分を原語で楽しめるようになれば痛快だろう。英語の達者な方は是非原書で。

カメレオンの呪文 (ハヤカワ文庫 FT 31 魔法の国ザンス 1) [文庫] / ピアズ・アンソニイ (著); 山田 順子 (翻訳); 早川書房 (刊)
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2012年02月11日

ギブアップからIまでの距離‐3

 二か月ぶりにその姿を取り戻したClemencyは、当然のことながら依然と全く同じ外見だった。しかし、たった一つプログラムを変えただけで、誰の目からも違う動きをするようになった。人間とのスパーリングでも、以前はなかなかできなかったいいポジション取りなどをするのである。
「しかし、わからんねぇ」
 Hansは首をかしげている。
「何がだね」
 答えたのはJimである。
「何で急にできることが増えたんだ。細かいことはインプットしてないのに」
「それは、隙を作ったかららしい」
「隙?」
「そう。これまでロボットたちはできる限りベストを尽くそうと動いてきた。そのため相手のベストな予想の範疇で戦うことになった」
「ベストならいいじゃないか」
「……新しいプログラマは、こんな話を聞かせてくれた。コンピュータがショウギのプロに勝ち始めてからも、どうしてもトップ2には勝てなかった。そのうちの一人はこう言ったらしい。『ベストを尽くすということは、一つの棋風である。そしてその棋風はとても読みやすい。コンピューターがコンピューターである内は、私は負けない自信がある』と」
「へー、そんなものか」
 Jimは、人差し指をくるくるとまわして見せた。
「そこでプログラマは、わざとストームを起こした。思考のリズムに渦を起こして、ランダムにベストじゃない手を指すようにしたのさ。すると相手は手を読みづらくなる。そして感情のないコンピューターは、人間の誰よりも複雑な棋風を手に入れ、トップ2をも倒したんだ」
「しかしClemencyはまだベストにも至ってないんだぜ」
「もちろん、まだまだしなければいけないことはある。それは、俺の役目だ」
 Jimはシャツを脱ぎ捨て、リングに上がった。その上半身は、現役の時と変わらず引き締まっていた。
「さあ、ここからは俺が相手だ」
「わかった」
 Clemencyの冷たいレンズが、Jimの瞳をまっすぐに射抜いた。
「親子みたいだな」
 Hansは、新しい何かが始まるワクワク感を存分に感じて、ビデオを回し始めた。これは伝説の始まりかもしれない、そう思ったのだ。
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