2012年08月22日

『駒.zone vol.5』



公開しました。
今回は文字成分多めとの噂です。
お暇な時にどうぞ。
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2012年06月29日

銀と青の空 下

 二時間に一本の電車なので、遅れるわけにはいかなかった。
 必死で走ってくる長身の少女は、シュウにとって初めての私服姿をしていた。青いパーカーだった。
「ごめんなさい」
 息を切らせながら駆け寄ってきたツバサの髪は、いつものポニーテールではなかった。肩までで、ばっさりと切られていた。
「おしゃれ?」
「ううん、動きやすいように」
 シュウにとっては久しぶりの、そしてツバサにとっては初めての合同練習だった。戦争を免除された高校生たちは、市を単位として一つのチームを作る。普段は自校で練習するが、時折大会に備え一箇所に集まって練習する。
 電車はがらがらだった。乗るべき人々が田舎に避難しているからだ。半分以上は若者で、大体はがっしりとした体つきをしていた。
 四つ目の駅で下り、無人の改札を抜けると、一台のマイクロバスがロータリーに止まっていた。すでに何人かの長身の少年少女が乗り込んでいる。
 シュウとツバサもそのバスに乗り、十分ほどで目的地に着いた。市民体育館だ。
 皆、地元で小さいころから活躍していたせいか、誰もが見知った顔だった。ただ、同じチームになったのは半年前からだ。
 メンバーは、男女それぞれ八人ずつ。軽いウォーミングアップをした後、男女混成チームでの紅白戦が始まった。シュウとツバサは別のチームになった。
 ゲームは淡々と進んだ。皆、作業をこなしているようだった。誰も声を出さなかった。
 それでも、シュウは楽しそうだった。ツバサのはずしたボールのリバウンドを奪い、親指を立てて見せた。
 電車の時間があるので、練習は夕方で終わった。一行は再びバスに乗り、駅まで送られた。
 そして一同は、呆然とした。改札の前に、張り紙がされている。
〈都合により、本日の営業は終了いたしました〉
 すでにバスは走り去っている。タクシーは三ヶ月前に姿を消してしまった。
 若者たちは、歩いて帰るしかなかった。
「静かですねぇ」
 そんな状況下でも、ツバサは能天気に笑っていた。
「考えたんですけど、宇宙人って、本当に都会を狙うのかな。田舎が安全とは思えないんですけど」
 シュウは空を見上げ、首をかしげた。赤い夕焼けの中に、銀色の月が浮かんでいる。
「田舎を襲うのは、かっこわるいんだろうなぁ」
「まあ、田園を守るヒーローは見たくないですね」
 日が暮れても、二人はまだ家路の中だった。街灯は半分が切られている。通る車も少ない。
「すっかり夜ですね」
「ああ」
 周囲の建物も暗い。子供たちは部活、大人たちは逃避。
「手、いいですか」
「ああ」
 二人の町は、まだまだ遠い。


 学校のパソコン室は、昼だけ開放されている。早めに登校してきたシュウは、そこでいつものページを開いた。
「……あ」
 政府は、戦死者の情報をできるだけ速やかに公表している。今でもまれに、子供が死んで悲しむ親がいるからだった。
 そして、悲しむ友人はそれよりも多い。
 チームメイトの名前を見つけたシュウは、しばらく視線を動かすことができなかった。
 そして、肩を叩かれた。
「シュウ」
 振り返ると、松葉杖をついたクラスメイトがいた。
「どうしたんだ、アキラ」
「事故さ。めったに通らない車にぶつけられた」
 アキラはシュウに、右手を差し出した。困惑しながらシュウは、その手を握り返した。
「お別れだ。俺はもう、野球ができない」
 手を離すと、アキラは部屋を出て行った。戦場に赴く青年の後姿を、シュウはまぶたに焼き付けようとした。


 窓を打つ雨の音が、いつまでも続いていた。
 朦朧とした意識の中で、シュウは中学時代のことを思い出していた。
 勉強も恋もせず、毎日バスケばかりしていた。
 決勝戦、40点差で負けて、皆で号泣した。
 引退後、目標を失い、とりあえず受験勉強を始めた。
 やる気がおきないときは、近くの公園にボールを持って行った。誰かがいた。バスケをした。
 頭が痛む。記憶が歪む。あのときの仲間が、頭に回路をつながれ、月面のロボットを動かしている。
 宇宙船が飛んでくる。必死に砲台を動かし、迎撃する。目標がずれ、敵機が突っ込んでくる。被弾。爆発。脳内に広がるノイズ。拡散し、目標を失うアイデンティティ。迅速な安楽死処置。
 高熱の中、シュウは見た。自分が行くかもしれなかった戦場。
 嘔吐しそうになるのを、必死で抑えた。両手に力を込めて、体を持ち上げる。何とか台所まで行き、水を飲んだ。
 誰かが、自分の体を縛り付けているような気がして、シュウは身震いをした。松葉杖をついた自分が、クラスメイトに頭を下げている光景が浮かんだ。よろよろとその場に倒れこみ、冷蔵庫の前で眠ってしまった。


 ニュースキャスターと、コメンテーター。いつもより暗い顔をしていることが、ツバサは気になった。
「……以上のように、三歳以内で二割、五歳以内で四割、七歳以内では実に七割の癌発症率となっています。松山さん、この事態をどう受けとめますか」
「実に憂うべき状態ですね。このデータが事実だとすると、人工胎盤から生まれた子供が成人する確率は一割を切るということですから、百万の子供を作るのに一千万以上の生産が必要になってしまいます」
「それだけのコストを公費で担うのはばかげていますね。それに、死ぬとわかっていて育成するのも理に適っていないように思われます」
「そうですね」
 なべの中では、たっぷりのおかゆがぐつぐつと泡を出している。ツバサはお玉で一口分すくい、味見してみた。
「うん」
 大きく頷いた。
「実際すでに、アメリカではこの報告を受けて召集令の撤回を検討し始めています。このことについて松山さん、日本の対応というものはどうなるでしょうか」
「ええ、人工胎盤の問題が改善されるまでは、若者たちに子供を生んでもらわないといけないわけですし、今すぐ召集令の見直しが必要でしょうね。このままでは、若者がいなくなり、私たちが老後にプロ野球観戦することもできなくなってしまいます」
「そうですね。私たちの娯楽の担い手を絶やさないためにも、若者を戦場から呼び戻すべきでしょう」
 おかゆとお茶をお盆に乗せ、ツバサはリビングまでやってきた。
「今の聞いたか、みんな戻ってくるかもな」
 ソファの上で毛布に包まったシュウは、鼻をぐすぐす鳴らしながら言った。
「だといいですね」
 テレビの中では、すでに別の話題が語られていた。窓の外は真っ青な空、銀色に塗られた月が浮かんでいる。
「未来のプロ野球が危機らしいですし、私たちも子供作りましょうか」
 おかゆをすすりながらシュウは、小さく笑った。


 いつまで待っても、電車は来なかった。
 シュウとツバサは、仕方なく近くのファーストフード店に入った。店員が足りないため、ドリンクしか売っていない。二人はそれぞれ、ホットコーヒーとアイスティーを注文した。
 店内はがらがらだった。
 突然、サイレンが鳴り響いた。ドリンクを作っていた店員は慌てて店の奥に引っ込んでしまった。
 見たこともないような強い光と、聞いたこともないような奇妙な音が突然降ってきた。二人は慌てて抱き合った。
 しばらくして、シュウはゆっくりと目を開いた。かなりぼやけていたが、それでも、周囲が何も変わっていないらしいことはわかった。腕の中のツバサも、しっかりと息をしている。
 窓の外も、何も変化がないように思われた。しかし、何かがおかしかった。シュウは次第に鮮明になってくる視界の中で、足りないものを探した。
「月がない……」
 ツバサが呟いた。
 言うとおりだった。空のどこにも、月が見当たらなかった。
 そして、遠くから灰色の群れがこちらに向かってくるのがわかった。テレビの中で見たことのある、宇宙軍の戦闘機が近づいてきていた。
「ツバサ……」
 シュウは、強く強くツバサを抱きしめた。
「先輩……」
 そして、ツバサも強く強く、シュウのことを抱き返した。


 収容所の体育館の中では、日本対ロシアの試合が行われていた。
 シュウは華麗なスリーポイントを決めると、隣のコートに目をやった。そこでは日本対アメリカの女子の試合が行われており、控えのツバサはベンチに座っていた。
 観客席の宇宙人たちは、ポイントが入るたびに拍手喝さいした。かれらは野球やサッカーの試合も喜んで見たが、特にバスケットボールがお気に入りだった。
 シュウはディフェンスに戻ると、リバウンドを拾い、再び速攻でゴールを奪った。体育館の中は大いに盛り上がった。
 試合をしているのは、全て若者たちだった。地球に襲来した宇宙軍は、大人たちを皆殺しにし、若者たちを捕獲した。
 宇宙人のふるさとに連れてこられた若者たちは、何らかのスポーツをさせられた。宇宙人は、新たな娯楽を求めて地球を襲ったのである。
 宇宙人の目論見どおり、大人たちから冷遇されていた若者たちは、宇宙人に敵意を抱かなかった。なにより、世界中の人たちと、思う存分ゲームができることがうれしかった。
 試合が終わると、シュウはツバサの元に駆け寄った。
「いい汗かいたよ」
「先輩、かっこよかったですよ」
 二人は、本当に楽しそうに、笑っていた。誰もが、笑っていた。
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posted by らくは at 22:32| Comment(0) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

銀と青の空 上


 放物線を描いて、リングを潜り抜けていくボール。床を小さく跳ねるボールを、ゆっくりと取りに行くシュウ。
「あのー」
 体育館に響いた、高い声。入り口に、長身の少女が立っていた。
 振り返るシュウの顔を確認すると、少女は微笑んだ。
「シュウ先輩ですね」
「そうだけど」
 シュウはボールを指の上でまわしながら、来客を眺めていた。
「私、入部します」
 そう言うと少女は上着を脱ぎ捨てた。赤いTシャツが現れる。
「わかった」
 シュウは、少女に向かってボールを投げた。走りながら受け取った少女は、ドリブルし、スリーポイントを決めて見せた。
「ツバサって言います」
 ポニーテールが揺れていた。シュウは、小さく頷いた。


 二限の終了を知らせるチャイムが鳴った。数学教師は生物の教科書を閉じると、早足で教室を出て行った。
 がらがらの教室には、八人の生徒が残されているだけだった。そして誰も制服を着ていなかった。シュウはいつものように大き目のTシャツで、タンクトップの者もいれば、キャミソールの子もいる。
 シュウは弁当箱を取り出したが、他の七人は次々に教室を出て行った。これからすぐに部活なのである。
 時間は三時。
「シュウ先輩」
 前の扉のころに、ツバサが立っていた。彼女はきっちりと指定の夏服を着ていた。
「お隣いいですか?」
「ああ」
 ツバサは小走りにシュウに近づき、隣の席に座った。そして、かばんからパンとパックのジュースを取り出す。
「みんな、熱心ですよね。すぐに練習に行って」
「することがないだけさ」
 シュウは食べかけのエビフライを弁当箱に戻した。
「食欲もないなあ」
 グラウンドでは四人の野球部が練習を始めていた。その横では一人きりの陸上部員が幅跳びの練習を繰り返している。
 二人はそんな光景をぼんやりと眺めていた。そして三十分ほどたって、ようやく食べ終わった。
 ツバサは立ち上がると、制服を脱いだ。下にはすでにバスケ部のユニフォームが着られていた。
「どうしたんだ、それ」
「召集前に注文したのが、今朝届いたらしくて。さっき先生にもらったんです」
 背中には、ツバサのではない名字がローマ字で書かれている。シュウは眉をひそめた。
「男子のも?」
「男子はないらしいです。すぐに召集令が決まりましたし」
 シュウは立ち上がると、大きなため息をついた。
「さあ、俺たちも行くか」


 次の日は休講だった。
 戦争が始まってから、教師の多くが疎開してしまったため、学校の授業は激減してしまった。そして未成年者召集令の制定によって、中高生自体も九割がたいなくなってしまった。
 そんな日でも、部活動だけはいつもどおりにある。
 シュウの出したボールが、床にバウンドし、走りこんできたツバサの手の中に吸い込まれていく。そしてジャンプし、伸ばした右手からこぼれ落ちたボールは、リングを通り抜けていった。
「さすがだな」
 シュウは素直に感心した。
「これだけが取り柄なんです」
 ツバサは照れ笑いを浮かべながら言った。
 二人にとって、そして今も学校に残る全ての中高生にとって、部活動こそが生き残る術だった。
 宇宙からの襲撃者は、月面基地を攻撃した。何とか占領されずにすんでいるものの、宇宙軍は次から次に軍隊を送り込んでくる。一方地球軍にとって、月面基地の維持は様々な作業を必要とするものだった。月面基地で働くロボットたちは地球から遠隔操作するのだが、この操作を行うには、熟練の技とたくましい精神、そして体力が必要だった。完全に神経をつながなければならないため、ロボットが破壊されれば人間のほうの精神も破壊される。精神を破壊された操縦者は、その場で安楽死処分される。
「先輩、私たちって運がいいと思いますか」
 ドリブルしながら、ツバサは聞いた。
「さあ。人工胎盤ができたときから、子供たちはみんな不幸なんじゃないかな」
「そっかぁ」
 二人はその後も、簡単な練習を続けた。二人しかいないので、仕方がない。
 体育館の中には、他に誰もいない。卓球部は小体育館で活動しているが、この学校には、他の室内の運動部の代表者がいないのだ。
「でも……」
 ツバサは、一時間ごとに雑談をしたがる。
「私は、戦争は行きたくないです」
「俺は……バスケが好きだから、なあ」
 シュウは、センターライン上からボールを投げた。ゴールには少し届かなかった。
「早く戦争が終わってほしいよ。もう、三ヶ月は試合してない」
 ツバサも、小さくうなずいた。


 二階建ての家の、一階の居間に布団が敷いてある。そしてシュウは、ぼんやりとした顔のままで朝食を作っていた。
 家族はいない。両親は疎開し、妹は召集された。
「おはようございます」
 喋っているのは、テレビの中のキャスターだった。
「先ほど入ったニュースですが、地球軍による宇宙軍機の撃墜数が遂に一万機を超えました」
 一応耳には入っているものの、シュウは料理を作るのに一所懸命だった。弁当のおかずも作らなければならない。
「また、日本の第三師団が月間トップの戦績を収めたということで、国連賞を贈られることが決定しました」
 目玉焼きが焦げてしまった。炊飯器を開けてみると、ご飯もぱさぱさだった。
「ま、いっか」
 今朝、シュウが喋った唯一の言葉だった。
posted by らくは at 22:26| Comment(0) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする