2012年06月29日

銀と青の空 上


 放物線を描いて、リングを潜り抜けていくボール。床を小さく跳ねるボールを、ゆっくりと取りに行くシュウ。
「あのー」
 体育館に響いた、高い声。入り口に、長身の少女が立っていた。
 振り返るシュウの顔を確認すると、少女は微笑んだ。
「シュウ先輩ですね」
「そうだけど」
 シュウはボールを指の上でまわしながら、来客を眺めていた。
「私、入部します」
 そう言うと少女は上着を脱ぎ捨てた。赤いTシャツが現れる。
「わかった」
 シュウは、少女に向かってボールを投げた。走りながら受け取った少女は、ドリブルし、スリーポイントを決めて見せた。
「ツバサって言います」
 ポニーテールが揺れていた。シュウは、小さく頷いた。


 二限の終了を知らせるチャイムが鳴った。数学教師は生物の教科書を閉じると、早足で教室を出て行った。
 がらがらの教室には、八人の生徒が残されているだけだった。そして誰も制服を着ていなかった。シュウはいつものように大き目のTシャツで、タンクトップの者もいれば、キャミソールの子もいる。
 シュウは弁当箱を取り出したが、他の七人は次々に教室を出て行った。これからすぐに部活なのである。
 時間は三時。
「シュウ先輩」
 前の扉のころに、ツバサが立っていた。彼女はきっちりと指定の夏服を着ていた。
「お隣いいですか?」
「ああ」
 ツバサは小走りにシュウに近づき、隣の席に座った。そして、かばんからパンとパックのジュースを取り出す。
「みんな、熱心ですよね。すぐに練習に行って」
「することがないだけさ」
 シュウは食べかけのエビフライを弁当箱に戻した。
「食欲もないなあ」
 グラウンドでは四人の野球部が練習を始めていた。その横では一人きりの陸上部員が幅跳びの練習を繰り返している。
 二人はそんな光景をぼんやりと眺めていた。そして三十分ほどたって、ようやく食べ終わった。
 ツバサは立ち上がると、制服を脱いだ。下にはすでにバスケ部のユニフォームが着られていた。
「どうしたんだ、それ」
「召集前に注文したのが、今朝届いたらしくて。さっき先生にもらったんです」
 背中には、ツバサのではない名字がローマ字で書かれている。シュウは眉をひそめた。
「男子のも?」
「男子はないらしいです。すぐに召集令が決まりましたし」
 シュウは立ち上がると、大きなため息をついた。
「さあ、俺たちも行くか」


 次の日は休講だった。
 戦争が始まってから、教師の多くが疎開してしまったため、学校の授業は激減してしまった。そして未成年者召集令の制定によって、中高生自体も九割がたいなくなってしまった。
 そんな日でも、部活動だけはいつもどおりにある。
 シュウの出したボールが、床にバウンドし、走りこんできたツバサの手の中に吸い込まれていく。そしてジャンプし、伸ばした右手からこぼれ落ちたボールは、リングを通り抜けていった。
「さすがだな」
 シュウは素直に感心した。
「これだけが取り柄なんです」
 ツバサは照れ笑いを浮かべながら言った。
 二人にとって、そして今も学校に残る全ての中高生にとって、部活動こそが生き残る術だった。
 宇宙からの襲撃者は、月面基地を攻撃した。何とか占領されずにすんでいるものの、宇宙軍は次から次に軍隊を送り込んでくる。一方地球軍にとって、月面基地の維持は様々な作業を必要とするものだった。月面基地で働くロボットたちは地球から遠隔操作するのだが、この操作を行うには、熟練の技とたくましい精神、そして体力が必要だった。完全に神経をつながなければならないため、ロボットが破壊されれば人間のほうの精神も破壊される。精神を破壊された操縦者は、その場で安楽死処分される。
「先輩、私たちって運がいいと思いますか」
 ドリブルしながら、ツバサは聞いた。
「さあ。人工胎盤ができたときから、子供たちはみんな不幸なんじゃないかな」
「そっかぁ」
 二人はその後も、簡単な練習を続けた。二人しかいないので、仕方がない。
 体育館の中には、他に誰もいない。卓球部は小体育館で活動しているが、この学校には、他の室内の運動部の代表者がいないのだ。
「でも……」
 ツバサは、一時間ごとに雑談をしたがる。
「私は、戦争は行きたくないです」
「俺は……バスケが好きだから、なあ」
 シュウは、センターライン上からボールを投げた。ゴールには少し届かなかった。
「早く戦争が終わってほしいよ。もう、三ヶ月は試合してない」
 ツバサも、小さくうなずいた。


 二階建ての家の、一階の居間に布団が敷いてある。そしてシュウは、ぼんやりとした顔のままで朝食を作っていた。
 家族はいない。両親は疎開し、妹は召集された。
「おはようございます」
 喋っているのは、テレビの中のキャスターだった。
「先ほど入ったニュースですが、地球軍による宇宙軍機の撃墜数が遂に一万機を超えました」
 一応耳には入っているものの、シュウは料理を作るのに一所懸命だった。弁当のおかずも作らなければならない。
「また、日本の第三師団が月間トップの戦績を収めたということで、国連賞を贈られることが決定しました」
 目玉焼きが焦げてしまった。炊飯器を開けてみると、ご飯もぱさぱさだった。
「ま、いっか」
 今朝、シュウが喋った唯一の言葉だった。
posted by らくは at 22:26| Comment(0) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月15日

ザンスとの出会い

 人生を変える一冊、というのは雷撃に合うような感動をもたらすものばかりではない。あとから考えたらあああれだったな、という一冊がある。
 自分にとって「魔法の国ザンスシリーズ」の第一冊である『カメレオンの呪文』はそんな一冊だ。それ自体は「なるほどねー」という感じだった。しかしその後、ザンスの世界観に魅了されていくのである。

 ザンスはバリバリのファンタジーと言える。舞台は異世界、魔法も出てくれば、想像上の生物も出てくる。しかしそんな中、『カメレオンの呪文』の主人公ビンクは魔法が使えない。魔法の力が証明されないと、彼はザンスから出ていかねばならないのである。魔女狩りの逆のようなものである。
 妙な設定に楽しい言葉遊び、練り込まれたストーリーに個性的なキャラクター。『カメレオンの呪文』は完成された一作だ。そのような作品は他にもある。だが、ザンスシリーズはその後がすごかった。
 正直なところ、シリーズのその後数冊は「まあまあ」という感じだった。面白いものの、どこか実験作的なところがあり、「同じ舞台で何ができるのか」ということを作者が模索していた感がある。しかし第五作目の『人喰い鬼の探索』は名作だった。主人公は人喰い鬼である。もはや第一作の主人公も、王たちの系譜も関係ない。それでいてストーリーは面白く切なく、「ザンスを舞台にした作品」として完璧だった。さらに第六作『夢馬の使命』では主人公は夢馬――バクになる。誰がこの主人公を予測できたろうか。この作品もまた、ザンスという舞台を縦横無尽に使用していた。
 この辺りで気が付いたのは、『カメレオンの呪文』というのはただの第一作目ではなかったのだ……ということである。そこではザンスシリーズにおけるルールが決定されたうえに、その完成度の高さが後の作品に対する高いハードルになっていたのである。
 シリーズが続くうちに世界観が膨らみ、ストーリーが走り出す、というものもある。しかしザンスシリーズは、第一作目を母体としてその後数作が異なる方向性の元試作的に書かれたように思える。そして第七作、『王女とドラゴン』からは一作で完結しない連作のようになっている。おそらく誰が主人公でも書けるという手ごたえをつかんで、そこからはストーリーを読ませることにチャレンジしているのだろう。
 その後の作品が面白ければ面白いほど、第一作の完成度がわかる……それは新しい発見だった。
 あと、この作品は英語で読んだ方が楽しいはずである。言葉遊びの部分を原語で楽しめるようになれば痛快だろう。英語の達者な方は是非原書で。

カメレオンの呪文 (ハヤカワ文庫 FT 31 魔法の国ザンス 1) [文庫] / ピアズ・アンソニイ (著); 山田 順子 (翻訳); 早川書房 (刊)
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2012年02月11日

ギブアップからIまでの距離‐3

 二か月ぶりにその姿を取り戻したClemencyは、当然のことながら依然と全く同じ外見だった。しかし、たった一つプログラムを変えただけで、誰の目からも違う動きをするようになった。人間とのスパーリングでも、以前はなかなかできなかったいいポジション取りなどをするのである。
「しかし、わからんねぇ」
 Hansは首をかしげている。
「何がだね」
 答えたのはJimである。
「何で急にできることが増えたんだ。細かいことはインプットしてないのに」
「それは、隙を作ったかららしい」
「隙?」
「そう。これまでロボットたちはできる限りベストを尽くそうと動いてきた。そのため相手のベストな予想の範疇で戦うことになった」
「ベストならいいじゃないか」
「……新しいプログラマは、こんな話を聞かせてくれた。コンピュータがショウギのプロに勝ち始めてからも、どうしてもトップ2には勝てなかった。そのうちの一人はこう言ったらしい。『ベストを尽くすということは、一つの棋風である。そしてその棋風はとても読みやすい。コンピューターがコンピューターである内は、私は負けない自信がある』と」
「へー、そんなものか」
 Jimは、人差し指をくるくるとまわして見せた。
「そこでプログラマは、わざとストームを起こした。思考のリズムに渦を起こして、ランダムにベストじゃない手を指すようにしたのさ。すると相手は手を読みづらくなる。そして感情のないコンピューターは、人間の誰よりも複雑な棋風を手に入れ、トップ2をも倒したんだ」
「しかしClemencyはまだベストにも至ってないんだぜ」
「もちろん、まだまだしなければいけないことはある。それは、俺の役目だ」
 Jimはシャツを脱ぎ捨て、リングに上がった。その上半身は、現役の時と変わらず引き締まっていた。
「さあ、ここからは俺が相手だ」
「わかった」
 Clemencyの冷たいレンズが、Jimの瞳をまっすぐに射抜いた。
「親子みたいだな」
 Hansは、新しい何かが始まるワクワク感を存分に感じて、ビデオを回し始めた。これは伝説の始まりかもしれない、そう思ったのだ。
posted by らくは at 14:38| Comment(0) | ★小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする